劇伴レビュー【第15話】エンドレスエイトIV(Takashi @real_tenshi)

サウンドトラック発売をお願いする涼宮ハルヒファンのプロジェクトの活動報告
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みなさん、こんにちは。Takashiと言います。今回は涼宮ハルヒの劇伴発売をお願いするプロジェクトにお誘いを受け、劇伴レビューをしていく企画に参加させてもらった一人の涼宮ハルヒの憂鬱ファンです。よろしくお願いします。さて、早速ではありますが、書いていこうと思います。

2006年に涼宮ハルヒの憂鬱は京都アニメーションの制作でテレビアニメ放送を開始してから、2009年の放送2期、2010年の映画化、その他関連作品の放映や動画コンテンツにおいての流行と、一時代をリードする作品となりました。それ以降は下火となったコンテンツではあったけれど、放送開始から10年経った、2016年7月7日に新しいコンテンツが発信!それが今回のプロジェクトに関する涼宮ハルヒの憂鬱劇伴集、つまりサウンドトラックCD「涼宮ハルヒの完奏」です。

涼宮ハルヒの完奏~コンプリートサウンドトラック~

本文を書くにあたって、僕は評論文筆が得意じゃないので、文章としては稚拙ですが、一人の涼宮ハルヒの劇伴ファンとして徒然なるままに書いていこうと思います。そして混沌としすぎないように自戒と好きなもの宣言も含めて、このレビュー立ち位置と軸は以下のように設定することにします。


  • 【人間原理の立場から、高雄統子さんの演出と劇伴を考える】
  • これは、僕がアニメーション監督であり演出家の高雄統子さんをとても尊敬し慕っているからです。 実は、僕は中学時代以来少しアニメから離れていました。趣味としてアニメファンに返り咲いた作品がこの涼宮ハルヒの憂鬱であり、そこから京都アニメーションさんの魅力、とりわけ作品の魅せ方に薫陶を受けました。当初は石原立也さん、山田尚子さんをはじめ、監督たちの仕事と作風、そこから個々の演出家へと興味が向いていきました。あと、ここでいう人間原理というのは、 「世界は人間に適した形でそこにある、そうでなければ世界は観測されえないからだ」 という宇宙物理学の定理を少し言葉を変えたものを言いたいと思います。もう少しかみくだくと 「人間や人間関係がまず最初にあって、それが大切です!それ以外のことは二の次!」 といった感じでしょうか。

    この辺りのことについてはまた別の機会に委ねるとして、今回は涼宮ハルヒ劇伴発売祈願!と発売おめでとう!の祈願と成就にのせて引き続き涼宮ハルヒシリーズを応援していくべく、高雄統子さん担当回である第15話エンドレスエイトIVと第21話涼宮ハルヒの溜息Ⅱの感想的レビューを書いていきたいと思います。この記事は2本あるうちの1本目となりますので予めご了承ください。

    まずは2つの記事の総合的結論から書きます。


  • 【高雄統子は人とその世界を大切にする】
  • これです。2つ目の記事を含めて、以下に述べていくのは諸々紆余曲折などもあるかもしれませんが、結局これを言いたいのだとご承知おきくだされば幸いです。

    本論は1つ目の記事として15話について触れていきます。

    さて、いきなり仰々しく書きましたが、これは僕自身数多くはないにせよ、様々なアニメを観てきたなかでの一応の結論です。そもそもこのあたりを意識した作品は数が限られている気がします。もちろん人の内面を描いていく作品は少なくないのですが、そこに存在する全員に対して、細部まで洞察し、観察し、動くのを待ち、救済やカタルシスを描きドラマとして成立させることができるのは、ごく限られたものになってくるのではないかと思います。これら自体は快感原則やドラマ作りに則った作品作りからすれば必要になるものですが、いずれにしても難しい。少しでも手を抜けば一気に虚構へと陥っていってしまうのが常であり、とてもリスクが高くあります。また、アニメ制作における作画カロリーの問題とも向き合っていかなければなりませんし、展開によっては鬱蒼としたことから視聴者を手放すことにもなったりと、多くのアニメ作家たちはこれらのことに対してのバランスに心をくだいているのではないでしょうか。そういったなかで高雄さんは人間を描くときにはグロテスクなまでに内面を引き出し、徹底的に冷静な世界を描いてからドラマを淡々と組み上げていきます。コンテへのこだわりがすごいことは業界内でも言われているようですね。彼女は京都アニメーションを退職されてからアイドルマスターでシリーズ演出を、アイドルマスターシンデレラガールズでは監督とシリーズ構成(主に2期)を務めあげました。諸々のインタビューからも人間ドラマのあるアニメをやりたいと言っています。アニメーションによって生み出された世界やキャラクターたちを誰よりも愛しく思い、その世界や登場人物たちのために力を尽くしていく、そんな監督だと私は思います。

    涼宮ハルヒの憂鬱においては、2期にあたるエンドレスエイトIVと涼宮ハルヒの溜息IIの演出・コンテを担当しています。そもそも涼宮ハルヒの憂鬱2期は視聴者にとって挑戦的な構成であり、リアルタイム時には大きく賛否が分かれていました。特にエンドレスエイトで夏の2ヶ月の間同じ話を演出や制作陣を駆使して8回放映するという試みは波紋を呼びました。翌年に公開される涼宮ハルヒの消失への布石であったともされていますが、個人的にはそれと同時に石原監督の谷川流への懺悔もあるのかなぁとも思っていたりしています。今回その辺りは割愛。

    何故余談的にエンドレスエイトの話を入れたのかというと、8回も、言うなれば毎週毎週ハルヒをつけたら同じ話がそれこそエンドレスで放映されるという大きなミステリー感の中で、それでも視聴者を離さないように努力せざるを得ない京都アニメーション、特に演出陣の本気度合いが試されるということと、様々な批判を覚悟し、また演出家同士による比較もされやすくなることから浮き彫りになるものと対峙していく覚悟が見えてくるはず、つまり、これは製作陣全員がそれぞれの個性と全力で向き合った本気の作品ですよ、という辺りのことを頭の片隅に入れておいてもらえると諸々において多少の説得力になるのではないかと思ったからです。よろしくお願いします。

    さて、話題を高雄統子さんと劇伴に戻して本題に入っていこうと思います。

    この話数における劇伴に関する主張は【ドラマと日常を明確に分け、涼宮ハルヒシリーズの主体をハルヒからキョンへと移行する重要な鍵である】です。


  • 【アバン〜市民プール】
  • 劇中における音楽とは、基本的にはそもそもそのシーンが表す感情や情感を補足し助長する力がありますよね。逆に考えていくと、使用をしないという選択肢もある訳です。エンドレスエイトⅣをみていくと、アバンからAパートのプールサイドで長門にデジャビュを感じる直前のシーンまで劇伴はほとんどつけられていません。全8話中5話分はこのシーンまでに何かしらかの音楽がつけられています。厳密には市民プールのシーンから【ビーチバカンス】がつけられていますが、後述もしますがこれはドラマに沿う劇伴としてはカウントしなくて良いでしょう。限りなく音量バランスがおさえられています。ここで2期のために作られた【庶民プール】ではなく、1期で用いられた【ビーチバカンス】を選んだのも後述しますが日常視点からだと思います。以下の写真にある、古泉がキョンと二人でハルヒの行動を振り返るシーンから【観測者の目に映るもの】がようやく劇伴として入ってきます。ピアノ高音域のアルペジオ(ポロロロンと和音の音を順番に素早く弾き流すもの)から曲が入ってくるので、ここでようやく私たちは無意識にハッとします。あ、始まる、、、と。

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    ©2007,2008,2009 谷川 流・いとうのいぢ/SOS団

    そしてこのキョンと古泉のカット自体がワンカット挟みつつ長回しとなることによって、私たちは音楽に乗せて語られる古泉のハルヒ観と既視感に集中させられていきます。次のカットから市民プールでの出来事を客観的に捉えていくシーンが数カットありますが、そこでもこの【観測者の目に映るもの】は継続して流れます。この曲は長門デジャビュシーン直前で終わりをむかえ、SEと共にキョンは長門やハルヒとの既視感と向き合っていくこととなります。アバンにおいても既に既視感との対峙はコンテとして描かれてはいますが、劇伴やSEが乗ってくるこのあたりがいよいよエンドレスエイトIVの始まりを予感させますね。

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    ©2007,2008,2009 谷川 流・いとうのいぢ/SOS団


  • 【喫茶店〜セミ捕り合戦】
  • さて、次のシーン、夏の打ち合わせ@喫茶「夢」においてはいつもの【ティータイム】がかけられています。これは定番の選曲ではありますが、他の演出家では別の曲をつけてもいますね。なぜ高雄さんがこれを選んだのか、それは先ほどの【ビーチバカンス】同様、できるだけ自然な日常を表したかったからの選曲ではないかと思っています。つまり喫茶店でかかっている音楽として。これは音楽自体も喫茶店のスピーカーから流れるように構成されています。仮に先ほどのプールで【庶民プール】が流されると、それは「プールに遊びに来ている、楽しく謳歌しようとしている」という楽曲の持つ意図が押し出されるドラマにつける音楽の形となり、そもそもアバンから無音で展開されていく緊張感を破ってしまい、演出の軸を崩してしまう。【ビーチバカンス】であれば、実際にプールでかかっている音楽としても違和感がなく、音量バランスにさえ気をつければ緊張感は保たれ、且つ5人にとって今までにも経験ある、いつも通りの日常感が出されるのではないかと思います。要するに、【ドラマとしての音楽をつけるのか、あるいはそこにある音楽をただ再現するのか】の違いです。

    さて、喫茶店を出たキョンは無意識にみんなの嫁長門を呼び止めます。ここで流れるのは【溶け落ちる記憶回路】。

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    ©2007,2008,2009 谷川 流・いとうのいぢ/SOS団

    キョンが自転車のロックを外し帰宅をするという何気ない一幕ですが、彼は劇伴に導かれるように無意識に長門を呼び止めます。これは記憶の残滓がそうさせたのでしょう。演技を見ればそう感じます。先ほどまでは既視感があったとしても実際の行動にまでは現れませんでした。しかしここではついにキョンの持つ記憶の残滓が彼の行動に影響を及ぼし始めます。そういった目に見えないものの力に翻弄される不気味さと無意識下にある戦慄を、この音楽のミニマル感(音の動きを最小限に抑え、一定のリズムや音をひたすらに反復していくもの)は非常によく表していて、観ている私たちもそのミステリアスな世界と内側から忍び寄る得体の知れぬ恐怖へと誘います。記憶が溶け落ちることによって現れるその残滓がこのシーンのキーワードです。しかしそれらのすべてを記憶している、言い換えれば残滓などない長門は一体どのような気持ちで彼の行動を捉えていたのでしょうか。。。そしてその感情を抑制するように低音パートの動機と音楽のベースを表すリズムがアニメ上では音響として極端に抑えられています。。。

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    ©2007,2008,2009 谷川 流・いとうのいぢ/SOS団

    この話数において重要な入道雲と向き合った後、場面は盆踊りへと移っていきます。ここでハルヒに黒い浴衣を着せたの最高!!と、感情的脱線も含みつつ(笑)劇伴もそのまま「盆踊り」です。先ほどの考察と同じく、ドラマのための音楽ではなく、会場で流れている音楽です。

    夏休みの宿題の下りも終えると、続いてはセミ捕り合戦。これはこの話数において実に爽快感と安心感をもたらしてくれる楽曲となっています。ようやく安心できる感じ。高雄さんの回は一つ一つに情報量が多くて観るのが大変(汗)。実際にセミ捕り合戦以降のバイトシーンでも活用され、純粋に高1夏青春の一幕を鮮やかに表現しています。まるでエンドレスエイトなど忘れているかのように。

    ・・・しかし、その直後に音楽は消失し一気に物語の核心に迫る真夜中のミーティングシーンへと移ります。


    • 【真夜中のミーティング】
    • 前半は無音で構成され、夏虫の鳴き声だけが響きます。ここでBパートに移りますが、そこからセミの鳴き声が主体となります。コンテの中にもセミが映り込んできています。いよいよ古泉の解説が始まると【ループの真実】がかかる。これはピアノ一台で演奏され、最低音域と最高音域が交互に、そして同時に奏でられミステリー感を助長する音楽構成です。中音域が限りなく排除され、あるいは出てきても基本的には分断され、地にへばりつかされるような低音域と、緊張感と警鐘を鳴らすような高音域の表現が始終展開されるので、音楽としての閉塞感を存分に発揮しています。音楽とともにこの地面に這いつくばるセミもその閉塞感を助長していると言っていいでしょう。

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      ©2007,2008,2009 谷川 流・いとうのいぢ/SOS団

      古泉の語りが終わり、長門にその事実を確認するところで音楽は終曲、また夏虫の鳴き声のみになります。

      そして長門が15513回目の夏であるというその事実を展開する際【ミステリアスオルゴール】が流れます。このことによってオルゴールのエンドレス感や無機質な切なさ、そして終わりには止まりゆく運命が再現されていると思います。実際に劇伴の終曲は解決しない音で締めくくられ、さらにテンポダウンが施されて終わります。そこでキョンはようやく長門気持ちを考えるわけです。「長門、お前はいったい今までどんな気持ちだったんだ」と。

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    • 【天体観測〜映画鑑賞】
    • 天体観測ではハルヒが寝てから穏やかに優しく【エンドレスなる月光】がつけられます。劇伴のおかげもあり、このシーンは非常に穏やかに進行していきます。まるでどんな世界であっても、彼らは世界から優しく見守られているように。

      続くバッティングセンターでは、キョンは長門とどうして教えてくれなかったのかと対話をします。このシーンは無音で構成されます。それとはまったく別にハルヒは無邪気にバッティングに勤しむ。そこでホームランが出た時に一瞬現れる【ホームラン】は、これまでの記述通り、その場に流れる音楽として構成されます。ここまで徹底するからこそ日常と非日常、ハルヒとその他人物の次元感の違いが生まれるのでしょう。ハルヒが主体の一人として存在する場面においてドラマを構成するための劇伴は使われません。エンドレスエイトはもはやキョンの物語であるからです。

      怒涛の夏休み消化体制において高雄さんは映画鑑賞を選んでいます。流れる劇伴は【入道雲と紙ヒコーキの関係】。ここはハルヒが一人の主体として存在しているのですが、この劇伴と映画鑑賞、つまりこの話数における非常に重要な演出要素である、入道雲と紙ヒコーキを意図する映画と音楽によって、物語を徹底的にキョンのものとして引き止めています。この写真における構図はエンドレスエイト、ひいては涼宮ハルヒシリーズにおいて非常に重要なキョンの自己対峙となります。そして彼らの間に入道雲と紙ヒコーキを挟むことは、あくまで世界は客観性を保ち、且つキョンをありのままに映し出す鏡として機能することを意味するのではないでしょうか。入道雲に関する考察は別の機会に。

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    • 【夏休みの解散】
    • 最後に喫茶店でハルヒを引きとめようとするシーンでは様々な回想シーンと共に【数千回以上の思考】が再現されます。ほんの数秒ではあるものの回想とメタファーとしてのコンテとともに、とても鮮烈な印象を与えています。劇伴が不意に終わると無音のなか入道雲と紙ヒコーキの絵のもとにキョンの空白の思考が現れます。キョン自身の回答を待つように紙ヒコーキもだいぶ彼の思考を待ってくれていますが、この時の彼には気がつくことはできませんでした。この思考の先にあったのはハルヒとの断絶であったのではないかと感じさせるコンテ・演出運びでした。

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    • 【まとめ】
    • さて、以上のように劇伴と演出について振り返ってきましたが皆さんはどのような感想を持たれるのでしょうか。結局のところ以上に書いてきたのは私個人の意見に過ぎませんし、いかんせん高雄統子さん贔屓に書いていることも否めません。 この話数における劇伴としての主張は【ドラマと日常を明確に分け、涼宮ハルヒシリーズの主体をハルヒからキョンへと移行する重要な鍵である】とさせていただきました。そもそもこの主体の転換は涼宮ハルヒの消失において明確になされるわけですが、そのプロローグとしてこのエンドレスエイトがあることは有名なことなのかもしれません。そして拡大解釈を恐れずに言えば、この転換を結果的にとても意識する形となったのは、このエンドレスエイトIVではないでしょうか。それはコンテや演出においてもそうですが、それを影で助長を促したものとして、この劇伴音楽の発注や設定があったように思います。エンドレスエイト他話数でも劇伴他に関する意識は各人がとても持って臨んでいるように感じていますが、この結論に関してはこの高雄統子さんが担当された第15話エンドレスエイトIVがとても顕著にあるように思います。もしかしたら、ここでの主体の転換と長門の人間生命獲得の意識が涼宮ハルヒの消失において、高雄統子さんがコンテを立候補したことにつながるのかもしれませんね。



    ■著者紹介

    Takashi(@real_tenshi)。

    中学卒業以来10年ぶりにアニメファンに返り咲いたのがこの涼宮ハルヒの憂鬱。特に2期を推していて、エンドレスエイトの素晴らしさを影でコソコソと声高に叫び続けている。高雄統子のファンであり、涼宮ハルヒの憂鬱3期を彼女が監督かシリーズ演出として実現することを密かに望んでいる。好きなキャラは佐々木と朝倉。

    ■ハルヒシリーズで好きな劇伴曲

    「いつもの風景」
    「エンドレスなる月光」
    「入道雲と紙ヒコーキの関係」

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